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まちサポくさつ (公財)草津市コミュニティ事業団

団体インタビュー

なくせ!空きビニールハウス

田淵仁詩さん(北山田生産組合長) 田渕竹男さん(北山田畑地土地改良区理事長) 木村由紀夫さん(湖南中央園芸組合長)

洪水が創った大地

ビニールハウス群  草津の初夏を彩る「草津メロン」。全国でもトップレベルの糖度を誇る草津の有名ブランドです。この多くが栽培されているのが、北山田のビニールハウス群。広さ約55ha、甲子園球場14個分。もう、見渡す限りの銀の波です。
 メロンの他にも水菜・ほうれん草・愛彩菜・壬生菜といった葉物野菜も盛ん。有名な京漬物にも多くの北山田産野菜が使われているのだとか。

 実はこの辺りは旧草津川の洪水に悩まされてきた場所。でも、その堆積物こそが葉物野菜の栽培に適した肥沃な土壌となりました。
 市によるビニールハウスの整備*が始まったのが昭和30年代のこと。一棟一棟に水道(農業用水)が設備されたビニールハウスは近代農業のシンボルともされ、「白波よせる近代農場」として草津の八大名所にも選ばれました。

進む高齢化

木村さん  今、このビニールハウス群に変化が起こりつつあるのだとか。
「まずは農家の高齢化ですね。ここを守ってきたのは地元の生産組合や個人の野菜栽培者です。今、生産組合に加入する農家の中心は70代の人たち。50~60代は少なく、40代で15人。30代は10人弱、20代になると5人もいません。」と田淵仁詩さん。
 いわゆるひょうたん型の人口ピラミッドで、底が極端にすぼんでいる感じです。
 定年退職後にメロン栽培を始めたという木村さんが続けます。「だいたいの人は80代で組合を退会します。あと10年もすれば、グッと減るのがみえてます」

琵琶湖の恵み

田渕さん  設備の老朽化も否めません。これには畑地土地改良区の田渕竹男さんが話してくれます。
 「北山田のビニールハウスには一棟一棟に用水がついてます。農業にとって蛇口をひねれば水が出るのってホントにありがたい。24時間365日使える農業用水の運営と管理が私たちのおもな仕事。私は組合長2年目ですが前任者が引継ぎの折『やっと終わった~大変やぞ』と言っていた意味をこの1年で実感しました(笑)。今、市と故障修理計画をたてているところです」

 この水道(農業用水)は琵琶湖の水を上げているもの。一大生産地を支えているのは温暖な気候と琵琶湖の豊かな環境、それにこうした人々の苦労があるからなんですね。ナットクです。

空きビニールハウス

ビニールハウス2  では、あの美しいビニールハウスの中でどのような変化が起きているのか?
 それは、「空き家」ならぬ「空きビニールハウス」なんだとか。

 「と言っても、今、空きハウスがたくさんあるわけじゃありません。ハウスの中の回転が鈍ってきてるんです。例えば、水菜なら年間で8~9回つくることができますが、2~3回で終える人も出てきました。事情は様々ですが、やはり高齢になるとキツい作業ですから。
 それと災害ですね。平成29年の台風では大きな被害が出ました。災害を機に辞めていく人もいます。災害が分け目になるんです」と竹男さん。
農家が減る。高齢化する。その先にあったのは「空きビニールハウス」という難しい問題でした。

移住と就農

田淵さん  でも北山田は前向きです。今、仁詩さんら若手を中心に新たな動きがあります。キーワードは「移住」と「就農」。
人口増加の草津で「移住」なんて聞くと驚くもいるでしょうが、実はこの5年間で、市内14学区中、4学区(山田を含む)で人口が減少*しています。
 
そこで仁詩さんらは2000棟ものビニールハウスの持ち主を一つひとつ調べ上げたのだとか。そして今はその持ち主さんたちに将来についてのアンケート調査を計画しています。
 「10年後はハウスをどうするつもりですか?新規就農者に譲る考えはありますか?など実態を知った上で、上手く引き継いでいくシステムをつくれたらな、と」

 一方、「移住」と「就農」については市と連携して進めます。仁詩さんはこの春から新規就農者を受け入れているのだとか。
「野菜の作り方の技術は基本を学んで1~2年実践したらある程度、身につきます。でも、それだけじゃダメ。やっぱり田舎なんで、地域への入り方やコミュニティとの関わり合いがとても大切なんです。そこでスムーズに地域に溶け込めるよう僕が仲立ちしたいと思っています」

のぼり  竹男さんです。「北山田の先輩たちからは『北山田の農家は隣よりきれいな野菜を作って、少しでも高く買ってもらうという気持ちで野菜を作ってきた』とずっと聞かされてきました。これは互いに切磋琢磨することで地場産野菜の価値を上げていこうとする、いわば“北山田魂”です。私たち若手も今の時代にふさわしい新しい価値を付け加えていかなければと思っています」
 今ある変化をチャンスと捉え、果敢に挑戦しようとする北山田農家の皆さん。10年後、ビニールハウス群の銀の波はきっと新しい光を放ってくれています。


*「草津市畑地灌漑事業」として昭和34(1959)年からビニールハウス建設を開始


コミュニティくさつ140号 2024.7月
「チャレンジする人って、カッコいい」より

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